ナラティブ心理学
Murray, M. (2003) Narrative psychology.
In Smith, J.A. ed., Qualitative Psychology, Chapter 6, pp 111-131. SAGE
第6章の内容
1. Narrative Psychology
History of Narrative Psychology
Definition of Narrative
Function of Narrative
Narrative Identity
Social Dimension of Narrative
2. Narrative Research
Collecting Narrative
Some Logistical Issues
Analyzing Narratives
Roles of the Reader
3. An Example: A Breast Cancer Story
Box 6.2 Stable/regressive narrative
Box 6.3 Progressive narrative
Connecting the Stories with the Content
4. Further Analyses
訳文 P111
最近、英国の作家A.S.Byattはナラティブ(物語)についてのエッセイを出版し、そのなかでナラティブは人間存在の中心にあるものと述べている。彼女は、「ナラティブは人間にとって呼吸や血液の循環同様に重要なものだ」と主張した(Byatt, 2000:21)。ナラティブはわれわれの日常生活のなかのどでも行なわれている。我々はナラティブの世界に産み落とされ、ナラティブによって人生を生き、後に、その人生はナラティブによって記述されるのである。最近まで、ナラティブの研究に興味を持っていたのは、文学や民話の研究者だけであったが、社会科学の研究者によってもその重要性が認識されるようになってきた。ナラティブは、人間が常に変化して止まない世界に意味をあたえる方法と考えられる。われわれの世界の中の無秩序にみえるものに意味と秩序をあたえることができるのはナラティブを通してである。また、われわれ自身を時間的な継続としてなんらかの意味を持つものとして、そして他者とは異なるものとして、自己認識できるようになるのもナラテ� ��ブを通してである。この章の目的はナラティブ心理学の理論的問題と、ナラティブ研究の方法についての問題のいくらかを述べることである。
1.ナラティブ心理学 (Narrative Psychology)
1.1 ナラティブ心理学の歴史(History of Narrative Psychology)
ナラティブの研究への最近の関心は、1980年代の社会科学のなかで起った「言語」についての考え方の全般的変化の一部として起ってきた。心理学のなかではこの変換を代表する3つの古典的テキストがある。一つはNarrative Psychology, T. Sarbin ed., (1986) である。この本は心理学の変革の一つの宣言書となっている。サービンは現代の主流の心理学の大部分の根底にある「機械的な比喩」に対して、「ナラティブの比喩」を対比させた。彼は機械論に代わるモデルの意味をつぎのように要約した。
われわれ自身や他者を説明するにあたって、われわれは物語の筋書き(narrative plots)に導かれてそれを行なっている。公式の伝記にせよ、自伝にせよ、心理療法にせよ、自己開示にせよ、余興にせよ、われわれは一連の出来事の目録を連ねること以上のことをしている。われわれは出来事をストーリーに纏め上げていると言ってよい(p.23)。
彼はHeaven(1999)との談話の回想の中で、最初は、ナラティブを表現の一つの方法と見るか、存在論的な一つの形として見るかについて、区別していなかったと述べている。しかし、時が経つにつれて、彼はナラティブについての後者の見方がより適切であると確信するようになった。彼はHeavenとの談話でつぎのように述べている。
ストーリーというものは、存在論的立場を持っている。われわれは常にストーリー(物語)によって包まれている。人間存在にとってのナラティブは魚にとっての海と同じである(p. 301)。
この主張に従えば、ナラティブは世界を見る方法であるに止まらず、ナラティブを通してわれわれは積極的に世界を構成して(construct)いくとともに、他者そしてわれわれ自身によって語られるによって、そのなかで生きているといえる。つまり、ナラティブは存在を規定する地位を持つのである。(we also live through the stories told by others and by ourselves – narratives have ontological status)
(p. 112 中段)
Sarbinの編集した本のなかに1章を書いたGergen & Gergen (1986)は、ナラティブは日常の社会的相互作用のなかで発展した「社会的構成物」(social constructs)であると主張した。ナラティブ(複数)は世界の意味をつむぎ出す、人々の間に共有された手段である。そして、それらはある構造を持っている。Gergen & Gergen はナラティブを組織化していると考えられる3つの構造を特定した。@促進的・前進的(progressive):目標に向かう動きがある構造。A退行的(regressive):前者とは逆の構造。B定常的(stable):ほとんど変化がない構造。この章の後半で、このモデルがナラティブ陳述の分析に有効かどうかを検討する。
第2の重要な本はBruner (1990)による'Acts of Meaning'(意味づけの行為)である。この本のなかで、ブルーナは思考には2つの形式があることを主張した。パラダイム(範列)的思考とナラティブ(物語)的思考である。前者の思考法は科学の方法であり、分類や範疇化に基づいた思考法である。一方、ナラティブ的思考は世界についての日々の解釈を物語の形で系統立てまとめていく方法である。現代の心理学の挑戦的課題はこの思考の日常的形態を理解することである。ブルーナはナラティブの特性をつぎのように定義している。
1.ナラティブは出来事、精神状態、人間を巻き込んだ偶発事件から構成される。
2.ナラティブは「現実」であったり「想像上のもの」であったりする。
3.ナラティブは例外的なものと通常のものとの間の橋渡しをする。
このような特性は、われわれにナラティブが現実を構成する方法であり、あいまい、あるいは普通ではない何ものかに意味をあたえる方法であるということを理解させる助けになる。
第3の重要な本は、Polkinghorne (1988)のNarrative Knowing and the Human Sciencesである。この本の重要なポイントはポール・リクール(P. Ricoeur)の解釈学の哲学を心理学の中に紹介したことである。リクールは意味の構築におけるナラティブの重要性についての著作を多く残した。その代表作のTime and Narrativeのなかで、リクールは、われわれは時間的世界の中に生きているために、絶え間なく変化していく現実に秩序と意味をあたえるためにナラティブを作りだす必要がる、と主張した。さらに、われわれは世界についてナラティブを作り出すだけではなく、われわれのアイデンティティを了解するためにもナラティブは中心的な役割をする。われわれの諸行為の間の関連性の認識にも、自己と他者の区別にもナラティブは働いている。
1990年代までにナラティブは心理学のさまざまな分野で研究されるようになった。パーソナリティーや発達研究の分野でもナラティブはわれわれの自己定義において重要な働きをしていると、McAdams (1985)は述べている。
臨床心理学のではナラティブ・セラピーが発展してきた(Neimeyer, 1995)。健康心理学では、ナラティブは病気での日常生活の断絶に意味をあたえるために役立っていることを示している(Crossley, 1999)。心理学のなかでのナラティブの研究は、人文学(Fulford, 1999)や他の社会科学との連携(Maines, 1993)を深めることになる。
p. 113 下から7行目
1.2 ナラティブの定義 (Definition of Narrative)
ナラティブ理論によれば、われわれは物語られた世界に産み落とされ、ナラティブを作り出し、あるいはやり取りすることを通して、われわれの生を生きているのである。ナラティブは一連の出来事の系統だった解釈と定義することができる。このことは、ナラティブのなかで活動の主体を特定し、出来事の因果関係を推定することを含んでいる。古典的な公式では、ナラティブは、開始、中期、終結の3つの要素を含んだ陳述である。
(p. 114)
ナラティブは出来事の統合された説明を提示する。限定のない談話(discourse)とは違って、ナラティブは完結した構造を持っている。この構造の全体の次元は、日常の会話では詳細に語りつくされることはないかもしれない。文脈にもよるのだが、話の終りは完結されないままに置かれることもあり、ナラティブを完結させるのは、むしろ、聴き手あるいは読み手の仕事である。われわれは語られた世界に住んでいるので、出来事を解釈したり、特定の物語を完結させたりするために、確立された社会的ナラティブを利用することができる。しかし、このプロセスは常に意識されて行なわれるとはかぎらない。
1.3 ナラティブの機能 (Function of Narrative)
ナラティブの第一の機能は混沌に秩序をもたらすことである。物語(ストーリー)を語るなかで、語り手は組織化されていないものを組織化し、それに意味をあたえようと試みる。これは単純な仕事ではない。リクール(1987)はつぎのように述べている。
『ナラティブは・・・・・異質なものの統合である。しかし、不調和なしには調和はない。悲劇というものはこのようなものの典型である。悲劇というものは、複雑な葛藤をはらむ状況、変わりやすい運命、恐ろしくかつ悲しい運命、不注意によって起った修復できない失敗などによって生起するものであり、必ずしも悪意の結果ではない。調和が不調和より優位になったならば、両者の間に拮抗が起り、そこに物語(ストーリー)が生まれてくる(p.436)』
われわれの日常生活に秩序をあたえるためにさまざまな混沌に意味をあたえようとするときには、この拮抗的緊張感が持続する。ナラティブに固有のこの緊張はナラティブの陳述の分析の中にも持ち込まれる。この分析は試案的なものであり、さらなる異議申し立てに対して開かれている。